ラオスと中国の国境は日本じゃ考えられないほどのオフロードで、バスがジャンプしながら進むような山道だった。アジアの深夜バスはスリーピングバスといって、バスの中にベッドが並んでるタイプが多いのだが、寝ているとバスが跳ねて自分の体が宙に浮くほどだった。それでもこの頃はそういうのにも慣れてきていて、あまり苦痛に感じず普通に寝ていた。

当初は中国側の国境の町で一泊する予定だったが、到着したバス停から目的地である景洪に、バスがすぐ出るというのでそのまま乗ってしまった。
そこでリーという英語がしゃべれる中国人に出会った。彼は仕事で雲南省に来ていて、俺と同じく景洪で二、三泊するということだった。しかも設備と広さのわりに格安の宿に泊まる予定で、ベッドが余っているので良かったらシェアしないかと聞いてきた。
こういう時はすごく迷う。当然ながら彼が善良な人間であるという保証はどこにもない。隙を見て荷物を丸ごと盗まれる可能性だってある。しかも桂林で会った劉のように、泊まった宿でたまたま会って一緒に観光しようと誘われたのではなく、得体の知れない宿にこれから行って一緒に泊まろうというのだから、普通だったら警戒してお断りしなければいけないところだった。
ただ、このときは多少事情が違っていた。まず景洪はシーサンパンナ・タイ族自治州の中心地だということ。そして今はタイ文化圏にとっての旧正月であり、水掛け祭りの真っ最中であるということ。つまり、宿が嫌になるほど高い。通常の二、三倍は当たり前だった。
それに対してリーが言ってきた金額は、普通でもかなり安いと感じる金額だった。
怖がってばかりでは何も始まらない。今のところ善良そうなただの若者だし、部屋を見るだけ見ることにしよう、と思った。
結論から言えば、部屋はキッチンもついているような広くてきれいな部屋で、社宅ということだった。安心は出来なかったが、泊まることにした。
リーはその日誕生日だったらしく、友達の女の子も交えて飲み会をし、楽しい夜を過ごした。そのときはあんなことが起ころうとは予想もしなかった。
翌日、彼は仕事だというので、俺は荷物にバッチリ鍵をかけてタイ族が集まる町に出かけた。今回は見てるだけで参加しなかったが、水祭りは相変わらず楽しそうだった。








三日目の夜はクラブに連れて行かれた。クラブと言ってもハテナマークのつく内容だったけど。
しかも吐くほど飲まされた。一緒にいたリーの友達の女の子に、「僕お酒弱いんで勘弁してください」と言っても許してくれない。かなり怖い目つきで「はぁ!?私が飲んでんのにあんた飲まないの!?」とキレられる。この国では女性にお酒を勧められたら、男は必ず飲まなければいけないらしい。俺の周りにも酒飲みはいるけど、こいつらの飲む量は尋常じゃない。普通の食事の油の量もそうだけど、中国人は胃の構造が日本人とは違うみたいだ。




そして事件は起こった。
クラブから帰ると、かなりクタクタだった。ただリーは寝たくないらしく、ずっと話し続けていた。次の日は大理に行くことが決まっていてバスも予約してあったし、リーにはかなりお世話になったので、まぁいっかと思って話に付き合っていた。
でも三時を過ぎて四時を回ると、さすがに限界に近づいてきた。もう寝ようと何回か言って、一度は寝ることになった。けれど俺がベッドに入ると、なんと向こうは俺のベッドに乗ってきて、背後から俺を抱くような形で横腹らへんを揺さぶり、最後の夜なんだからまだ寝るなよ、と執拗に迫ってきた。
今更だけど何故かリーは、いつもやたらに体を寄せ付けてきたり、ゲイの話題を持ち出したり、変だなとは思ってた。一度俺のパソコンの写真を見せてあげたときは、男同士ではありえないほどに体を摺り寄せてきて、かなりの気持ち悪さを感じた。でもそれ以外はかなりいい奴だったので、あまり気にしないようにしてた。インドではゲイじゃなくても男同士で手をつなぐし、まぁ地域によっては男同士が密着することにあまり違和感がないような文化もあるかもしれない、ぐらいに思ってた。
でもこのときばかりは本気で気持ち悪いと思って、マジで怒鳴った。したら当然寝ることになった。
疲れていたのですぐに眠りに落ちた。
そして、、、
ありえない感触で目が覚めた。このとき、俺は幸か不幸か頭まで掛け布団をかぶっていた。でも足だけ出ていた。そしてその足が。。。
なめられてる?
足の指をしゃぶられてる?
とっさに足を引っ込める。俺は完全にまぶたが開いていたけど、掛け布団のおかげで目が覚めてるのは気づかれていない。とりあえず向こうの次の行動に神経をとがらせる。今俺ホントになめられてたの?夢じゃないよね?でもしばらくすると向こうが立ち上がって、それによって俺のベッドの足のところに座っていたことが確かめられた。そして自分のベッドに帰っていく。なおじっとして聞き耳をたてていると、すぐにいびきをかいて寝始めたのが分かった。
リーがかなり酔っ払っていたのは確かだ。
でも、、、
マジで?
気持ち悪すぎる。
信じられない。
翌朝、物音で目が覚めた。俺はまだ頭から掛け布団をかぶっている。しばらくすると、リーは外に出ていった。荷物の残り具合からして仕事に出かけたのが分かった。
このままバスの時間まで帰ってこなければいいと思ったが、昼ぐらいに帰ってきた。リーは平静にしていつもと変わらなかったので、俺も何も言わず普段どおり過ごした。
そして、大理に向かった。
向こうは本気だったのか、寝ぼけていたのか、酔っ払っていたのか、いまだに分からない。
ゲイには気をつけなければいけない。