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世界旅行記 26 アムステルダム(オランダ)
2009-09-29 Tue 23:16
アムステルダムに着いたのは朝の六時。まだ暗い頃。

宿に着くとチェックインはまだだという。

とりあえず荷物だけ預けて、外に出る。

アムステルダムに来たことがある友達に電話し、情報を集めた。

電話が終わると待ちきれなくなって、辺りを散策する。

だんだんと明るくなってくる。

人々が活動し始める。

そんななか、一人でボーっと当てのない散歩。

冷たい空気に青空が映えわたって、とても気持ちのいい朝だった。


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ちょっと分かりにくいけど、リフティングしながらダンスしたり街灯に登ったりする人。映像はすごい。


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飾り窓付近。

こんなとこで日本語。

飾り窓は知らずに写真撮っちゃったんだけど、ホントは撮っちゃいけないらしいのでここには載せとかないでおきます。


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オランダではブラジルビザゲットのために奔走した。

デンハーグとロッテルダムに二回ずつ行った。


ビザのゲットやスタンプなどでは、今までもホントに苦労させられていた。


ウズベキスタンではカザフのビザをゲットする必要があったのだが、ホントは翌営業日の金曜にできるはずが、土日をはさんで月曜になったあげく、実際月曜に行ってみたらカザフの祝日で休みだった。

書くと簡単だけど、これは予定がキツキツの人だったら大変なことだと思う。

しかも翌日行ったらビザはゲットできたんだけど、返してもらうときに、南米入国に絶対必要な予防接種の書類が入ったカバーを一緒に返してもらえなくて、気づかないで次の町に移動してしまった。

結局次の日カバーを取り返すためだけに、前の町に戻るハメになった。

しかもカザフ役人の信じられない適当さじゃ、無くなってることも覚悟して戻ったのに、実際窓口に行ったら「あ、これね」と言ってすぐ出してくれた。滞在時間10分。最低最悪のとんぼ返り。

もちろんちゃんと確認しなかった俺に最大の責任があるんだけど。。。一緒に返してくれても良かったのに。。。

他にもこれは完全に向こうの責任だけど、トルコとギリシャの国境でスタンプが押されなくて、ギリシャ出国のときにもめたり。。。


まぁそんなわけで大変なビザゲット。今回もトラブルなしには済まなかった。


ブラジルビザは条件が難しく、手続きにかなりお金と時間をかけた。

それだけでも大変だったのに、、、

戻ってきたパスポートを見ると、なんと日本の出国スタンプの上にシールを貼りやがってる!!!

嫌がらせかと思うほどありえないミス。他にも余白のページは一杯あるのに、何故わざわざ出国スタンプの上に貼るのか理解できなかった。

いや、別に多分大丈夫だし、日本に帰ってきてスタンプがないからって入国できないことはないと思う。

でも100%そのことについて聞かれて多少もめるよね。

他人の責任で、一年か先の未来で、多少とはいえ絶対問題が起こることが決まってるって、結構不快。しかも最後の日本で。

せっかく世界一周してるんだから、入国スタンプの隣に、帰ってきて一年以上たった日付で出国スタンプがポンっと押されて、それを眺めたりするささやかな夢、そんなもの持っててもいいと思うんだけど、、、


完全に壊された。


愚痴は一杯あるけどやめとく。


下はデンハーグの北海。イスタンブールで会った人と再会した。


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ウェットスーツがなかったから俺はできなかったけど、サーフィンしてる人もいた。


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空も飛べる!これは絶対にいつかやりたい!!!


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ロッテルダム(かなりずれちゃってるけど。。。)


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またアムステルダム。


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オランダにいると自由について考えずにはいられない。

自由は、責任感や自律心を持っていないと、早晩崩壊することになる。

ほとんど全ての人間は、ある程度世間や法律に縛ってもらわないと、社会的にまともに生きていくことは出来ない。

要は自由と束縛のバランスの問題だと思う。自由の代償に、どこまで自分で自分を律せるか。律せないなら、どこまで縛る必要があるのか?

日本では新たな貸し金規正法が発せられるが、日本人は結局のところ、お上に決めてもらうことに頼ってるところがある。そして何よりも、日本人は「従いやすい」。盲目的に。

オランダではマリファナや飾り窓をはじめとして、色んなことが黙認だったり合法だったりしている。でも純粋なオランダ人でそういうのを利用する人は、かなり少ないらしい。

自由で許されている。でも自分たちの「選択」に責任を持っている。

そういう自負があるらしい。

自分のことは自分で決めて、それでも正しく生きる。


そういう自由な制度や風習は、人々が最初から責任感や自律心を持っていたから作れたのか?それとも自由な制度があるからこそ、責任感や自律心を持つようになったのか?

もちろん歴史や独特の宗教精神なども関係していると思う。オランダはかつての東インド会社の本拠地であり、世界最大の貿易港として繁栄していた。鎖国していた日本を始めあらゆる国と交易して、世界中からの物資や知識、考え方や価値観が集まるところだった。

そしてユダヤ人やゲイなど、常に迫害者を受け入れてきた歴史を持つ。

人々は真面目で親切で、特に旅行者に優しい。


何がオランダをここまで、他のヨーロッパとは違う個性際立つ国にしたのか?


オランダのことがもっと知りたくなった。

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世界旅行記 27 ブレダ→アムステルダム→ブリュッセル(ベルギー)
2009-10-05 Mon 23:58
アムステルダムの次はブレダという町に行った。

そこで友達に紹介してもらった人のお家に、一週間ものあいだお世話になった。


事の始まりは友達とのメールで、その友達がオランダに知り合いがいるという。

海外に住む日本人に興味があったので、連絡を取れないかと頼んでみると、快く受け入れてくれた。

電話番号を聞いて電話してみると、なんと泊まってもいいからいらっしゃいと言う。

面識は一切ないのに。。。

すごいことだと思う。

ありえない親切さ。

ずうずうしくもお世話になることにする。


その方は久子さんという日本人女性で、イワンさんというオランダ人の旦那様がいる。

さらに二人の子供もいて、男の子がマコちゃん、女の子がミユちゃん。

そしてラブラドール・レトリーバーのダルちゃん。

さらに日本じゃ考えられない広さのキレイな庭がある大きなお家。

そこで毎日久子さんのおいしい料理とワインを頂き、夜はマコちゃんとゲームしたりして、久しぶりにゆっくりとした生活を送らせてもらいました。


また、自転車を貸して頂いて、観光客のほとんどいない静かで美しいブレダの町を、のんびり散策したりもした。


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久子さんのお家

やっぱラブラドールはかわいい。


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ミユちゃんは無邪気でホントにかわいいです。


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最後の日の朝、お忙しい中、集合写真を撮らせていただきました。


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マコちゃんは聞き分けの素晴らしく良い子で、なんか将来が楽しみだな、と思わせる子でした。

イワンさんは静かな雰囲気でとても優しい人でした。

そして久子さんは素晴らしい教育方針や考え方を持っていて、交友関係もすごく、色々なことを学ばせてもらいました。

オランダ人の生活も、少しながら知ることが出来た。

連日の強行軍で疲れ果てた体も休めることができたし、ホントに素晴らしい一週間を過ごせたと思う。


何よりも、見ず知らずの自分を泊めてもらったりして、心から感謝しています。

この場を借りて、

ありがとうございました。


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ビザの取得と残りの手続きのため、一度アムステルダムに帰る。

まどろみ。


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結局オランダには二週間もいた。

次はベルギーのブリュッセル。


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なんかの本で「世界の期待はずれ観光スポットベスト10」に、堂々の一位として紹介されていたブリュッセルの小便小僧。

ホントにそんな感じだった。


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ベルギーワッフル!本場のおいしさは格別。


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いきなりですみませんが、ちょっとエグイけど右腕の傷の写真。本当はさらに二つ傷があるんだけど、とりあえず二枚だけ。


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この旅の最初はホントにどうなるかと思った。

腕を完全に曲げることができなかったし、荷物を持ち上げるときに力を使うと、すごく嫌な痛み、腕の中の何かが切れるような痛みがした。

中国の寝台列車は荷台がかなり上のほうにあり、自分で持ち上げてのせることができなかった。最初は人の力を借りて、その後はなるべく一階のベッドにしてもらうようにしてた。

今でもひじから先は軽くしびれているような感じで、少し感覚がにぶい。

それでもかなり良くなってきたと思う。もう日常生活はほとんど問題ない。

傷の外見も、これでもかなりキレイになったほうだと思う。

事故直後は糸のあとがかなり残っていて、ブラックジャックのようだった。

でも、ちょっと変かもしれないけど、生き残った今となっては、事故があって良かったな、と思う。

昔の自分からは考えられないことだけど、今では生きているというただそれだけで、幸せだと思うようになったから。

死にかけると人は変わるというけど、ホントにそう思う。

さらには動かなくなる可能性もあった右腕も動くようになり、夢だった旅もまた続けられている。

これ以上の幸せがある?

当たり前のことを言うようだけど、

「どいつもこいつも今生きているやつはいつか全て死に絶える。小うるさい上司も、大好きな友達も、嫌いなあいつも、目の前をただ通り過ぎるだけのあの人も、世界中の人間が。だからイライラしたり、落ち込んだり憎んだりしてるのは時間の無駄で、不幸もひっくるめて一度きりの人生を、最大限味わったり楽しんだり、感謝したりしなくちゃいけない」

ということを、「ただ知るだけ」じゃなくて深く「体得」したと思う。

「知る」ということは誰にでも簡単に出来ることで、肝心なことはどれだけ深いレベルまで「体得」するかだと思う。


よかったよかった。生きてて良かった。

そう思う。
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 飛行機なしの世界一周旅日記 
 
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