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世界旅行記 46 ウユニ(ボリビア)
2010-01-20 Wed 17:30
ボリビアの国境でバスの乗り換え。

標高4000メートル近く、富士山より高い。

当分こんな高度が続く。

初日は高山病で軽い頭痛と吐き気がした。

二日目からは高山病はなくなったけど、ちょっと運動しただけでかなり息切れする。


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やっと着いたウユニの町。


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ウユニ二日目。

朝から塩湖へ。

空が近い。


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途中にあるトレイン・セメタリー


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小物。

全部塩でできてる。


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塩湖に入ってきた。


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なんていう現象だか名前忘れたけど、遠くの山が浮いて見える。


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塩湖の中にある、塩でできたホテル「プラヤ・ブラヤンカ」に到着。

今晩はここで一泊する。

ちなみにここは水もなければ電気もない。

でもそれ以上のものがある。


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壁や彫刻、机や椅子は、全て塩で出来てる。


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360度、真っ白の世界。

ここで夕方まで音楽を聞いたり散歩したり。

素晴らしい。


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塩が結晶になるのは分かるけど、何故地表も大きな多角形になるんだろう?


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時々穴が開いてる。

この塩湖の下は、湖らしい。


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日の入りが近づいてきた。

影がこんなに伸びる。


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塩湖の地平線に日の入り。


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夜は電気がなくて真っ暗になるけど、ろうそくの明かりの下でみんなで食べる夕食も、また雰囲気があって良かった。

そしてもちろん満点の星空。

360度地平線が見える世界なので、天の川がまさに川のように、空にかかっている様子が良く見える。

最高だった。


そして翌日。

似てるけどこっちは塩湖の日の出。


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このホテルは12歳と16歳の姉妹で切り盛りしてる。

特に年下の子は声とか仕草とかがすごくかわいい。

それにしてもこんなところに一年中いるなんて、想像が尽かない。

ちなみにここは標高が高いうえに大自然の中なので、冬は恐ろしく寒いらしい。

(夏でも夜は日本の真冬並み。)


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二日目は車で遠出。

とにかく真っ白な世界をひたすら走る。


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そしてサボテンの島が突然現れる。


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ホント塩の海みたい。


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青と白の世界


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サボテンの花


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さらに車を走らせて、火山へ。

本当は今は夏で雨季なので、もっと水が張って塩湖が鏡のようになり、まるで空を飛んでいるかのような気分が味わえるらしい。

でも残念ながら今回はあまり雨が降ってなかったらしく、ほとんど水が張ってなかった。

でもやっと火山の近くで、ちょっと水が張ってるところを発見した。


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正直言って、ウユニをちゃんと綺麗に撮れたとは言えない。

まず第一に、思ったより水が張ってなかったこと。

第二に、カメラの充電が塩湖一日目の夜に切れてしまったこと。

二日目は電源を付けるとすぐに切れるような状態で、一瞬の間に無理矢理撮ってた。

まぁでも仕方ない。

いつかまた、もう一度来たいと思う。


そして塩湖の美しさはもちろん、色んな人たちとの出会いもあり、本当に興奮させられた場所だった。

一緒に素晴らしい時間を過ごした人たちに、感謝です。



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世界旅行記 47 ポトシ→スクレ→サンタ・クルズ→コロニア・オキナワ→サンタ・クルズ→コチャバンバ
2010-01-27 Wed 23:00
南北アメリカ大陸には、元々インディヘナと呼ばれる先住民の人々が住んでいた。

彼らはシベリアからベーリング海峡を渡ってアラスカから南下してきた人々であり、日本人と同じモンゴロイドの血を引いている。

アメリカ大陸には何千年も前から住んでいたのだが、つい500年ほど前、違う大陸から渡ってきた来た人々によって虐殺され、アメリカンインディアンを筆頭にほとんどの種族が絶滅させられた。

(アステカやマヤではいつか白い人たちが海を渡ってきて、自分たちを助けてくれるという伝説があった。皮肉にもそれは半分が当たり、残り半分の肝心なところが逆の結果になってしまったけれど。)


今、北米や南米南部ではほぼ全ての人がヨーロッパ系か、もしくは他の大陸からやってきた人々だと言っても過言ではない。

また、上述の地域を除く中南米には先住民の血をひいている人たちがいるが、多くがスペイン人との混血、メスティソである。


そんな中、ボリビアでは純粋なインディヘナの人口割合が50%以上とかなり高い。

アンデスの高地で白人たちが順応しにくかったことや、侵略的難易度、鉱山における半奴隷として必要だったこと、などがその理由だと思われる。

そのため、ここではインディヘナの文化や風習が色濃く残っている。

これが、ボリビアが南米の中の南米と言われる所以である。


下はそんなボリビアでもインディヘナの人口比率がまたさらに高いポトシの町。

世界で最も高いところにある都市。

標高4000メートルを超え、夏だというのに夜は冬のように寒く、少しの運動で驚くほど息が切れる。


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ポトシは鉱山の町であり、多くの人が鉱山の中で働いている。

見学ツアーに参加してみた。


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鉱山の中で働くのは、想像を絶する過酷な重労働である。

中は迷路のようになっており、真っ暗闇で、所々大きな穴が開いていたりする。

空気はよどんでいて、ほこりやら粉塵やらで一杯だ。

崩落もあり、人が死ぬことも珍しくないと言った。

極めつけはここが高所であり、高山病の危険があるということ。

俺は途中、マジで心臓の動悸が止まらなくなり、さらに粉塵のせいもあって息をするのが難しくなり、ホントに倒れるかと思った。


下は鉱山の中にある悪魔の像。


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みんな高山病と粉塵対策のため、コカの葉を口いっぱいに詰めている。


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穴を開けるためにダイナマイトを使う。

遠く離れても半端ない衝撃波が伝わってくる。


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鉱山労働者は一日中、一年中鉱山の中で働き、50歳ぐらいで引退するが、粉塵で胸を悪くし、早くに亡くなられてしまうらしい。


言うまでもなく、鉱物なしに現代社会は成り立たない。

携帯やパソコンや、様々なところで多くの鉱物が使われている。


鉱山見学は貴重な体験になり、色々と考えさせられた。


下はコカのティーパック。


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普通に売られているコカの葉。


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ボリビアではコカの葉が高山病に効くとされ、合法であり、多くの人がそのまま噛んだりお茶にして飲んだりしている。

コカの葉はコカインの原料で、危険なドラッグというイメージがあるけれど、コカの葉はコカインとはまったくの別物で、到底ドラッグと呼べるようなものではない。

アルコールより弱いのはもちろん、タバコと同じくらい効果が薄いと思われる。

気持ち高山病が和らぐかな、というくらい。(特に頭痛)

ちなみに富士山に登った人なら分かると思うけど、高山病は吐き気や頭痛がして、ひどいと死に至る場合もある。

最近も日本人がポトシ(標高4000メートル超)を旅行中に重い高山病にかかり、危険な状態になって日本に緊急移送され、入院しているという話を聞いた。

その危険は高度順応化した人やボリビア人にとっても同じで、彼らにとっても無理に過激な運動をすることはよくないとされている。

だからコカの葉は、特に重労働をする男たちにとって、文化や風習としてはもちろん、高山病対策の「生活必需品」として使われてきた。


ところがある時、外国人がコカの葉を持ち帰り、そこから成分を抽出して「コカイン」と呼ばれる非自然的な化学製品を作り出した。

(「コカの葉」はあくまでも自然の産物である。)

そして快楽主義者たちがその化学製品の中毒になり、こう言い出した。

「ボリビア人たちは悪魔の葉を作るのをやめろー!俺たちを中毒にするのをやめろー!」

と。


これは日本で例えるなら、ある時ある国の人たちがお茶の葉を持ち帰り、そこから成分を抽出して麻薬を作り出した。

(実際お茶の葉にもカフェインやその他の成分が含まれていて、何の作用もないわけではない。)

日本人は古来より続く伝統で、食後にお茶の間でほっと一息お茶を飲んでいた。

そしてテレビをつけると、どこかの国の人が叫んでいる。

「日本人はお茶の葉を作るのをやめろー!お前らのせいで俺らがジャンキーになっちまうじゃねーか!」

と。


「何言ってんだ?このボケどもは?」

と思わないだろうか?


もちろん「コカイン」はドラッグであり、当然非合法であるべきだと思う。

でも「コカの葉」は別物であって、文化や伝統、そして「生活」を無視してまで非難し、やめさせる権利を一体誰が持ってるのか?

そんなわけで史上初の先住民出身の大統領、モラレスは、どっかの国の独善に対して怒っていて、あくまでも非合法化には反対している。

(それまでボリビアの支配権はスペイン系の人たちに握られていた。)

ちなみにモラレス大統領は、生活必需品としての「コカの葉」の栽培を弁護しているだけで、「コカイン」の精製、密輸は許さないとしている。

また、ブッシュ元大統領が彼を麻薬密売人と呼んだのに対して、モラレスは「私の知る唯一のテロリストはブッシュだ」と言ったらしい。

ノーネクタイを公言し、外国訪問の際にもボリビア特産のアルパカのセーターを着たり、憲法改正後には戦争放棄を盛り込みたいと発言するなど、結構面白い政治家。

(中東やアフリカやインドの政治家は自国の服装をして外国を訪問するのに対して、何故日本の政治家は日本の服装をすることがないのだろう?)

でも共産化の傾向が強いので、日系人にはあまり人気がないようだった。


下はバスやトラック。

ボリビアでは日本の中古車がたくさん走っている。


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インディヘナの女の人たちは、髪をミツアミにしている人が多い。


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次はスクレの町。

ここはほとんど何もなかったけど、まぁ過ごしやすい町だった。


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デモしてた。やっぱインディヘナの人たちはスペイン系に比べて貧しい生活をしてるっぽい。


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またデモ。


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チェックアウトしてからバスの出発まで時間があったので、公園でボケーっとしていると、一人の少年が目に入った。

靴磨きセットを持って、公園を通り過ぎる人たちに声をかけている。

30分以上声をかけ続け、ようやく一人捕まえたようだった。

ここでは小さな子供たちもみんな働いている。

鉱山労働者といい、俺は偉そうなことは言っても、所詮世界を旅している道楽者に過ぎない。


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サンタ・クルズ

この町自体は治安が悪いだけでほとんど何もないけど、俺はあるものが見たくてわざわざここまで来た。


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サンタ・クルス郊外のジャングルのようなところにある一本道を、ただひたすら走っていると突然大きな看板が見える。

「めんそーれ、おきなわ」

その先にある村、

コロニア・オキナワ。


沖縄がアメリカから日本に返還されたのはつい40年ほど前のことである。

沖縄は軍事的に重要な場所に位置し、その美しさとは裏腹に、苦難の道を歩んできた。

昔も今も、沖縄は本土の人たちの犠牲になっている。


さて、

戦時中に恐ろしいほどの悲惨な目にあい、戦後の徹底的に荒廃した沖縄を逃れて、南米に移住した人たちがいた。

多くがブラジルに行ったが、一部の人がボリビアに来た。

(前に大きな日本人街は世界に二つだけだと書いたけれど、集落程度のものなら南米にいくつかあるらしい。サンタ・クルスに近い、ブラジルのカンポ・グランジというところにも沖縄人や九州人が多くいて、沖縄そばが郷土料理になっているらしい。ただ、どちらも日系人の割合が少し高め、というくらいで、やはり「日本人街」というほどものもではない。)

まぁそれは大変だったらしい。

アナコンダは出るわ、伝染病が流行るわ、大洪水が起きるわで三回も移住地を変えたという。

それでも今は落ち着いたらしく、村の雰囲気は平和そのものだった。

コロニア・オキナワという村自体には、ほとんど何もないと言っていい。

また、日系人の割合が高いというだけで、実際にはボリビア人の方が多いので、想像したほど日本的な雰囲気があるわけではなかった。

でも貴重な体験になったし、想うところも多かった。


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ぼくのおじいちゃんはボリビアにやってきたとき二十五さいでした。
ぼくのおじいちゃんは日本のおきなわからボリビアにきました。
ボリビアにきたときすむところがなかったです。
ぼくのおじいちゃんははたけでまめとこめとかをうえていました。やすむときもなかったです。
ぼくのおじいちゃんがたのしかったことはみんなでちからをあわせてはたらくことでした。
ぼくのおじいちゃんはいましあわせでげーとぼうるおしています。


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移住初期の住居。


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移住者たちのたどってきた道。


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サンパウロのリベルタージと違い、コロニア・オキナワは移住が始まってまだ50年ばかりなので、村の日系人の多くは日本語がしゃべれる。

村の若者たちや一世のおばちゃんとも話したが、完全な日本語だった。

この村から一歩でも出れば、まったく通じない言語。

この村では、日本語という「村語」が話されている。

ボリビアのど真ん中にそんな場所がポツンとあることが、なんだか感慨深かった。


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サンタ・クルスに戻ってきた。

変な公衆電話。


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コチャバンバの町。

この町も何もなかった。


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普通の人はウユニからすぐに首都ラパスへ行くところを、俺はある理由があって遠回りし、ボリビアを一周した形になった。

というのも、リオのカーニバルを含む南米三大祭の一つ、オルーロのカーニバルが2月13日にあるから。

でもまだ二週間以上残ってる。。。

まぁゆっくりしようと思う。

それにしてもボリビアに入って以来ゆっくりしすぎてて、具合が少し悪くなったのにかこつけて一日中テレビ見たりネットしたりする日も。

まぁたまには。

それではまた。

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世界旅行記 48 ラパス→コロイコ→ラパス
2010-02-15 Mon 04:54
ボリビアの首都、ラパス。

標高約3600M。

富士山とほぼ同じ高度。


ボリビアを出る前にオルーロのカーニバルが見たかったので、ラパス近郊に三週間いなければいけなかった。

一度、一つの町に長く滞在してみたいと思っていたのもあった。

結構ハイスピードで来たし、ちょっとゆっくりしてみようと思う。


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アルパカ。


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すごい動物だと思う。


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ラパスは高低差が激しい。


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さすがに三週間ずっとラパスは飽きるかな、と思ったので、近郊の町で行けるとこは行けることにした。

まずは山奥の町、コロイコ。

コロイコまでは、トラックの運転手やバスの乗客が毎年200人死ぬという、「デス・ロード」と呼ばれる道が続いている。

そこを自転車で行くことにした。

標高5000メートル近くから、標高1500メートル近くまで一気に約3500メートル分下る。

富士山と同じ高度分。


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最初は舗装された道が続く。

半端ないスピードが出る。

使うのはブレーキだけ。

ほとんどこがない。


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舗装された道が終わり、岩がむき出しのオフロードが始まる。

大分下って、気温や雰囲気も冬から夏へ。


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延々と山道が続く。


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そりゃ人も死ぬわ。


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ちょっと勢い余ればあっという間にあの世行き。


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滝の下もくぐったりする。


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やっと見えてきたコロイコの村。


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宿に到着。

久しぶりにガッツリ自転車乗った。

自転車が好きなことを再確認した。


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パルコニーからの景色が綺麗ないい部屋を取る。

この村でひたするゆっくりする。


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山の上に村が散らばっている。


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景色も綺麗で静かでいいところだったけど、巨大な虫がいたるところにいる。

ある日の夜、電気を消してまどろんでいたら、恐ろしい羽音で目が覚めた。

一時間ほど闘った。


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コロイコには4泊した。こんなとこに4泊もする日本人は珍しいと思う。

ちなみにコロイコまでの道は、舗装された新しい道ができたらしく、バスの帰りは全然安全だった。


ラパスに戻る。


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ひょんなことからアルゼンチン人二人組みと仲良くなった。

ずっと二人で大道芸人をしながら長く旅しているらしい。

二人のコンビネーション技とかを見せてもらった。

男二人で芸の腕も磨きながら旅するって相当仲良くないとできないだろうな、と思った。

ホントに面白い二人で、色々教わった。


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ティワナク遺跡。


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高台から見たラパスの街並み。


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リャマのミイラ。

建築の安全祈願に埋めるらしい。


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月の谷。

        
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俺は基本、都会より自然のある田舎のほうが好きだけど、ラパスは大自然の中にある都会って感じで、かなりいいところだった。

景色がいい場所が多く、物価もホントに安い。

カンボジアとか東南アジアも安いけど、ボリビアのほうが安くてさらに(比較的)質もいいという感じ。

治安も思っていたほど悪くなかった。

タクシーの短時間誘拐はありえるかな、とも思ったけど、首絞め強盗の雰囲気は感じなかったし、夜でも子供とか普通に遊んでる。

もちろん運悪く、ということもあるのかもしれないけど、気をつけていればほとんどないんじゃないかと思った。

ラパスの危険情報については散々聞かされていて、ちょっとビビッていたので、拍子抜けした感じだった。

むしろ南米の中では治安が良いとされているチリのほうが、俺はピリピリしたことがあった。

あそこはホームレスの中でイカれてる奴が多い。

女のホームレスでも平気で立ちション(座りション?)してたりする。

しかも夜になると攻撃的になる犬が多かった。

狂犬病は発症すると100パーセント死ぬ病気なだけに、犬に噛まれるのだけは避けなければいけない。

一回早朝に出なければならなかったとき、まだ外は真っ暗だったんだけど、怪しいホームレスにしつこく話しかけられたり、犬の集団に吠え立てられて追いかけられたり、スペインで早朝に悪い思い出があるだけに、かなり緊張させられた。

でもまぁ時代はここ数年でかなり変わってるらしく、南米全体でずいぶん治安が良くなってるらしい。


さて、ラパスのいいところに話を戻すと、大事なのが飯。

「けんちゃん」という有名な日本料理店がある。

ここでは安くてボリューム満点で、おいしい日本料理が食べれる。

しかも漫画が読める。

プルートが結構面白かった。

漫画最高。


そんなわけでラパス、すっかり落ち着いちゃってる。
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世界旅行記 49 イスラ・デル・ソル→ラパス→オルーロ→ラパス
2010-02-20 Sat 04:06
最近色んなものが壊れ始めてきてる。

コロイコからラパスに帰ってきたら、なんとカメラのズームが壊れてしまった。

ズームは頻繁に使うわけではないけれど、いざというときにいい写真が撮れないのでちょっと痛い。

カメラについては、グルジアから電源がつかなかったり、あるボタンがきかなくなったり、トラブル続きだった。

それはカメラが悪いんじゃなくて、時々落っことしたりしてるから。

イタリアでは二段ベッドの上から落としたりした。

気をつけてはいるんだけど。。。

でも一年も旅行し続けて毎日使っていれば、砂漠で砂が入ったり、滝や川の水しぶきを浴びたり、そりゃちょっとはボロが出てくると思う。


最近はお気に入りのカラビナ時計が一部壊れ、メインのバッグも底が破れたり。。。

まだ大丈夫だとは思うけど、メインバッグだけは壊れないで欲しい。


下はラパスでゆっくりした後に行ったイスラ・デル・ソル。

イスラは島、デルは英語のOF、ソルは太陽。

太陽の島。

汽船が航行する湖としては、世界最高所にある湖、ティティカカ湖に浮かぶ島。


まずバスごと船で対岸に渡る。


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対岸に渡った後は再びでバスで走り、ようやく見えてきたコパカバーナの町。


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バスを降り、またまた船に乗り換える。


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やっと着いた太陽の島。


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ロバってどこの国でもホントにおとなしい。


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リャマ。このあと見世物にされるのを嫌がって、すっごい反抗してた。


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ティティカカ湖を臨みながら携帯で話してるアイマラ族のおばちゃん。


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ロバってどこの国でも悲哀感がある。


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景色のいいレストラン。


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コパカバーナに戻ってきた。


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教会に入ってきてしまった野良犬を外に出してあげる女の子。


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ここらへんでは、野良犬には野良犬の世界がある。

まったく別の世界でありながら同じ土俵で暮らしているので、野良犬本来の生活を垣間見れる。

メスの後ろに乗りかかろうとして恐ろしくうなられたり、時には噛まれてもクゥーンとしながらもめげないオスも見るし、一匹の犬をみんなでいじめたり、じゃれあって仲良く遊んでいたり。

そして人間とも、よく共存してると思う。

野良犬だというのに道路を横切るときは車を確認したり(危ない奴もいるけど)、人間に対してもほとんどがおとなしく、「なでて」という素振りをしてくる犬も多い。

人間もよくそれに応えるし、野良犬について余計な恐怖心だとか差別だとかがないように感じる。

日本でも俺が小さいころは、住んでた場所が田舎だったこともあって、時々野良犬がいた。

でも今、横浜や都内で野良犬を見かけたら、ちょっとびっくりするかもしれない。

それはもちろん「処分」することになったからで、野良犬が見つかると捕まってガス室行きにされ、皆殺しにされたから。(犬はやはり、というか「当然」分かってるらしく、ガスの時間が始まると他の部屋の犬たちもクンクン言い出す映像を昔見たことがあって、結構ショックを受けた。)

まぁそのことについては功罪あるわけで、ボリビアでもめったには起こらないだろうけど、恐らく人間の子供が襲われたりしたこともあっただろうし、自分的にちゃんと考え尽くしてないので、あえてここでは軽はずみに意見はしない。


でも忘れちゃいけないことは、犬が人間にとって動物界で最良の友達であり、自然界との架け橋であるということ。

彼らに尊敬の念を持ってよく観察すれば、「純粋な存在」とか「無条件の愛」とか「教育の影響」だとかについて、多くのことを学ぶことができる。

今、歴史を学んで「昔は普通の人間に権利なんてなかったんだって!」と言われるように、いつか「昔は犬が器物扱いで権利が認められてなかったんだって」と驚かれるような時代が来るんじゃないかと思う。


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ついにオルーロのカーニバル。


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MISS BOLIVIA


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カーニバルは正直言って、行って良かったとは思うけど、ちょっと期待はずれだったかもしれない。

ボリビアのカーニバルは13日から16日までラパスでもやっていて、そっちでも十分楽しめた。

ちなみにカーニバルでは一緒に水祭りもやっていて、水とか泡とかかけられる。


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油断してると上からも水が降ってくる。


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最後の日、トルコとブルガリアで会った世界一周カップルと、半年振りくらいに偶然会った。

そういえばブエノスアイレスで会った人とも偶然会った。

旅してるとすごい偶然がある。


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ラパスにはコロイコとイスラ・デル・ソル、それにオルーロを除いても、二週間弱いた。

ボリビア全体では一ヶ月と一週間。

これはモロッコを越えて最長になるし、多分これからも予定的に抜かれないと思う。

(これだけいたのにはオルーロのカーニバル待ち、それに一度一ヶ所に長期滞在したかった、というのもあったけど、途中からマチュピチュの再開待ちというのも加わった。)

ちょっと暮らしているような雰囲気も味わえた。

ご飯もおいしいし、思いがけぬ出会いもたくさんあり、思い出に残るいいところだった。

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 飛行機なしの世界一周旅日記 
 
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