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世界旅行記 50 プーノ(ペルー)
2010-02-25 Thu 07:16
世界旅行記も50回目になった。

俺50回しか書いてないっけ?って感じではあるけれど。。。

一体何回目が最終回になるんだろう?


さて、

やっとペルーに入った。

と思ったら久しぶりに体調崩した。

下痢と寒気。

しかもここ、プーノがメチャクチャ寒い。

(ラパスより標高が高い。)

一日中宿でぐずぐずしてた。


この旅に出る前は、旅に出るたびに何らかの病気になってた。

インドや中国では重い風邪をひき、特にタイでは名前忘れたけど、赤痢みたいな病気になって最悪に苦しんだ思い出がある。

でもこの旅では今のところ、軽い風邪を何度か引いたくらいで、重い病気には今のところなってない。

ちょっと体調崩すとホントに健康の大切さが分かる。

このまま体だけは大切に、重い病気にならないよう頑張っていきたい。


下はプーノの町。

ペルーでも水祭りをやってた。

水祭りっていうか泡祭り。

寒いから水かけれないんだと思う。

これから一ヶ月くらいは、週末になると祭りが始まるらしい。


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もうメチャクチャ。

みんな泡だらけ。


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またティティカカ湖へ。


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ウロス島という小さな島に上陸。


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この島はトトラという葦みたいな植物を重ねて作られた、人工の島。

下の写真がミニチュアで、黒い土のところが湖。

そこにトトラを積み重ねて、浮いている状態。

そのままだと動いてしまうので、ちゃんとアンカーで固定してある。


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家もトトラ製。


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中はかなり簡素。

てか何もない。

寒くないのかな?

冬とか半端ないと思うんだけど。


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船もトトラ。


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太陽光発電。

こういうところではすごく役に立つと思う。

日本では太陽光発電装置の開発競争が激化して安価になってきている上に、一般家庭が余分に発電した分を電力会社が高値で買い取らなければならなくなった。

ということで、導入する家庭もかなり増えてきている。

これが世界中に普及して、人間の使うエネルギーがほとんど循環型になったとき、結構世界は変わるかもしれない。

特に途上国は元々使う電力自体が少ないし、他国の資源や技術に頼らなくてよくなって、国際紛争も少なくなるんじゃないかと思う。


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歌を歌って送り出してくれる。


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こんなところで生活してるなんてホントすごいと思う。

久々に興奮した。


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今度はタキーレ島というところに上陸。

こっちはトトラじゃなくて普通の島。

曇ってたけど晴れてきた。


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羊は大切な財産。


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ペルー名物、インカ・コーラとコカ・キャンディー。


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プーノではまだ祭りが続いていた。


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クスコへは、途中観光をしながら目的地に向かうという、ありそうでなかなかない珍しいバスに乗って行った。

移動中だからなかなかよく撮れないんだけど、景色もかなり綺麗。


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沖縄のシーザーみたいなのがけっこうある。


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リャマとアルパカとビクーニャの違いがよく分からないけど、これは多分アルパカ。


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アルパカの子供。相当可愛い。


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インカ・クロス。


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アルパカの毛で作られてる。

結構欲しいものもあったんだけど。。。

今回の旅行は荷物の関係もあって、なるべく買い物はしないようにしてる。

「買い物」という意味では、この旅は全然味わってない。


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またアルパカ。


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おばさんの襟が好きみたいで、ずっと噛んでた。


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動物づくし。

この旅が終わった後にやろうと思っていること、やらなくちゃいけないことがなければ、生物学者にもなりたかった。

天文学もやりたかったし、やりたいことだらけ。

時間が足りない。

余命が足りない。


ところで何回か言ってるけど、この旅では小さな目標がたくさんある。

タバコは完全にやめた。

最近は化学系飲料水をやめようと思った。

コーラとかファンタとか。

100%フルーツジュースはOK。

というのも俺は基本は水なんだけど、時々水以外のものが飲みたくなると、海外ではウーロン茶とかはもちろんないので、ついコーラとかを飲んじゃうことがある。

場所によっては、水かコーラかファンタかスプライトかっていう選択肢しかないとこもある。

だからつい手を出しちゃうことが多いんだけど、最近クセになってることに気づいた。

ということでやめる。

例外は、ファストフードを食べるとき。

特にピザ。

ピザ食べるときのコーラ。あれはヤバイ。

何故か威力が何倍にもなる。

日本の宅配ピザが食べたくなってきた。
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世界旅行記 51 クスコ
2010-03-05 Fri 23:50
クスコに着いたのは夜。

想像以上に綺麗な町で驚いた。

洗練されてるうえに、異国情緒もたっぷり。

特に夜は雰囲気があった。


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クスコの町もそれだけで十分な観光地ではあるけれど、この町は世界的観光地、マチュピチュへの中継地点でもある。

さて、そのマチュピチュ。

日本でも報道されてたと思うけど、一月末の豪雨によって土砂崩れが発生し、途中の橋が決壊した。

それによって唯一の交通手段である鉄道が交通不能になり、観光が不可能になった。

でも当時、俺はラパスでそのニュースを聞いたのだけれど、大して深刻には受け止めていなかった。

マチュピチュはペルーにとって最大の観光地であり、収入源でもあって、それを長い間放っておくわけがないと思ったからだ。

丁度俺はボリビアに長めに滞在することを決めていて、クスコに着くのは一ヶ月くらい後になるから、そのころには復旧しているだろうと思っていた。

実際に色々調べてみると迂回ルートがあって、そこは約一ヵ月後に復旧する可能性があるということが分かった。

もし復旧が延長しても二週間くらいなら待てるし、最悪、歩いてトレッキングしてでも行ってやろうと思っていた。


でも結局、それもできなかった。。。


政府観光局は迂回ルートは復旧が遅れているばかりか、そもそも観光客が通れるような道ではなく、安全最優先のためにマチュピチュへの入場自体を禁止する、ということを二月後半になって発表した。

「予定通り」に復旧が進んでも、再開は4月になるということだった。

さすがにそれまでクスコで待っているわけにはいかない。。。


マチュピチュ。

俺がどれだけ憧れていたか。。。


別に俺じゃなくたって、マチュピチュは世界でも10本の指に入る観光地だろうし、南米だけなら間違いなくベスト1になるだろう。

そこに世界一周してながら行けないなんて。。。

悔しすぎる!


でもいくら考えても仕方ないので気持ちを切り替え、マチュピチュのためにペルーにはまた必ず来て、そのときじっくり回ってやろうと思った。

南米三大祭の一つ、インティ・ライミのときに来て、今回の分も堪能してやる、と決めた。


ということで、ペースを上げることにした。


下はマチュピチュのポストカードを縦にした写真。

山が顔のように見えるというんだけど、実際はどうなんだろう?

あー本物が見たかった!!!


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以下、クスコの町並み。

石組みがすごい。

これは知識なしに見るとなんでもないように見えるけど、実はすごい技術。

今でもどうやって巨大な石を運び、どうやって正確に組み合わさるように形を整えたのか、はっきりしたことは分かってない。

(ちなみにインカ文明では「車輪」の技術がなく、運搬はもっぱら人力かリマに頼っていた。)


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クスコでは最初の宿でインターネットがつながらなかったんだけど、どうしてもネットしたい用事があったので宿を変えた。

したらその宿の中庭に鳥(インコ?)がいて、そいつと仲良くなった。


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聖なる谷のミニマチュピチュ。


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ここらへんではフォルクローレっていう伝統音楽があって、雰囲気出してくれる。


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半端ない巨大さ。マジどうやって???


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朝。

鳥と仲良くなったのはいんだけど、毎朝俺の部屋の前で金切り声で鳴き叫んでいる。

相手してあげるまで鳴き止まない。

ドアを開けると遊ぶ気満々で待機してる。


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パソコンさせてくれー。


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手に止まりたいらしく、隠すと引っ張り出そうとする。

ぶんぶん振り回しても離れない。


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ようやく引き離して観光へ。


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サクサイワマン。

また巨大な石組み。


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これは現代技術でも難しいし、例えば200年前、日本は江戸時代だったようなころには、ほぼ不可能なもの。

(実際に16世紀に渡ってきたヨーロッパ人たちは、インカの石組みを壊そうとしたが多くは壊すことができず、その上にそのまま教会を建てたりしたんだけど、後年起こった地震でヨーロッパ人たちが作った建築物は壊れ、インカの石組みはビクともしなかった。これはつまり、インカの建築技術のほうが優れていたとも言える。)

もっと確実に言うなら、1000年前の技術では絶対に無理。

では何故、1000年や2000年前の技術で作れなかったものが、何千年も昔からあったのか?

(俺は1万2000年前という説が正しいと思ってるけど、これだと今「正しいとされている」歴史では、ほぼ原始人の時代。)

一体誰が、どのような理由で創ったのか?

これはもっともっとよく考えたほうがいいことだと思う。


例えばギザの三つのピラミッドは、あの巨石を持ち上げるだけでもすごいことだけど、さらに四辺は完璧に東西南北を向いていて直線であり、そのうえオリオン座のベルト三ツ星に対応しているという現実離れした技術を持って作られた、超精巧な建築物。

ピラミッドの建築方法に対してはもっともらしいような説明がされているけど、ほとんどが「そうだったら説明がつくしいいなぁ」という程度のあやふやなもので、本当は「今でも謎」という説明が最も正確だ。

墓っていうのも間違いだといっていいと思う。

実は古代文明に対しては、一般人が驚くほど、いい加減な解釈がはびこっている。

説明するともうとんでもなく長くなるからやめるけど、とにかく科学者は、現代より優れた古代文明がないことを前提にしかしてないので、分からないことに対して適当な説明をしているっていうのが実際のところ。

本当は、何も分かってない。


俺は基本的に非合理的なことは信じないタイプです。

重力やいまだにわかっていないブラックマターなど、不可視的エネルギーは当然あるので、一種の霊的エネルギーみたいなものも信じるけど、「人の形をした幽霊」は信じない。

宇宙人のいる可能性はあると思うけど、「円盤型のUFO」は信じない。

ああいうのは大体、人間の希望的観測に過ぎない。

説明のつかないものに対しては、人間は超常的な説明をしたがる。

昔、雷や竜巻などを神様のせいにしてたのも同じことだと思う。

(その他、例えば金縛り。簡潔に言うと、睡眠には色んな状態があって、体が完全に寝てるのに、心だけ起きてしまうことがある。そのとき、精神は基本的にとぎすまされてることが多いので、音が大きく聞こえたり、場合によっては心も半分寝ているような状態で、夢みたいものを現実とのはざまで見ることがある。体は寝てるので動かない。怖くなる。悪夢を見る。幻覚を見る。それで何かが体の上に乗っかってるように感じる、みたいな。)


それでも古代文明に対しては、「科学的に言って」、天文学とか建築とかある分野において、現代人よりはるかに超越した人たちがいた、としか説明の仕様がないと思う。

もうほとんど魔法のような技術を持った人たち。

(現代人の技術だって、江戸時代の人からすれば、遠く離れた人と話し、手元であっという間に火を作ることができ、月を歩き、遠く離れた大陸の何百万という人間をボタン一つで殺すことのできる技術を、魔法だと言うに違いない。そしてもし、現代人が隕石とか環境破壊とか何らかの原因でほぼ絶滅し、生き残ったごく少数の人間が原始人並みのサバイバル生活を強いられたとする。そして長い年月がたつうちに、だんだんと技術や正確な歴史が失われていく。さらに何千年か後、たまたま土を掘り返したら、宇宙ロケットが出てきた。その時彼らはなんと想うだろうか?)

技術っていうのは一方通行で進歩してるわけじゃない。

日本でも刀のタタラ製鉄や鉄砲製造技術など、世界の最先端をいきながら一度は失われ、(今でも?)衰退した技術がある。

だから失われた技術を持った、一部の分野で現代人よりはるかに優れた人たちがいた、っていうのが一番可能性が高い、合理的な説明だと思う。

さらに言うなら、違う星から来た人たちが技術を伝えたっていう可能性もかなり少ないにしろ捨てきれないし、決して非科学的ではないと思う。

そして古代の伝承を読めば読むほど、それについて想いふけり、想像が膨らむ。


もし、古代文明に興味のある人は、是非グラハム・ハンコックの本(神々の指紋)を読んでみてください。


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宿に帰ってくると、当然すぐに捕まってしまう。

猫とにらめっこ。


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ネコパンチされてた。


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最後チェックアウトのときは引き離すのが大変で、あやうくバスに遅れるところだった。

出口まで追いかけてきて、かなり可愛いやつだった。

またマチュピチュに来るときは、この宿に泊まろうと思う。


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ところで、最初の出発からちょうど一年たった。

すごい一年だったなぁと思う。

もう五年くらい、控えめに言っても三年以上は旅しているような感覚がある。


まだまだ旅は続く。
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世界旅行記 52 リマ
2010-03-10 Wed 00:20
クスコからリマまでの深夜バスの中で夜眠っていると、ある時バスが真っ暗闇の中で止まっていて、ずっと動いていないことに気づいた。

理由を周りの人に聞くが、スペイン語なので正確には分からない。

しばらくして外に出てみると、何十台ものバスやトラックが夜の闇の中で止まっている。

まるで車の墓場みたいだった。

懐中電灯を片手に進行方向に進んでみると、ようやく理由が分かった。

川が流れている。

恐らく橋が決壊したか、川が増水して渡れなくなったんだと思う。


実は前にも同じようなことがあった。

ボリビアのスクレからサンタ・クルズへの道は、舗装されてない完全なオフロードのうえに、かなり細い崖道で、一歩間違えれば速攻でバスごと崖下に転落してしまうようなところだった。

しかも夜の真っ暗闇で、運転がかなり荒い。

バスで、という意味では世界でもトップ3に入るくらいの恐怖を感じていたのだけれど、さらにバスが途中で止まってしまった。

窓の外を見ると、橋が無残にも決壊している。

そこで、バスごと川を渡ることになった。

前のほうを見ると、なんと川の途中で立ち往生しているバスが一台ある。

あんなところで立ち往生して、その間に川が増水したらどうなってしまうんだろう?

想像するだけで恐ろしかった。

自分の乗っているバスが川を渡る間は、もうただ祈るしかなかった。

まぁとりあえず無事には渡れたんだけど、かなり怖い体験だった。


そんな感じで今回はどうなるかと思ったんだけど、ペルーのバスはボリビアのよりは慎重らしく、朝になって明るくなり、水量が少なくなるまで待つことになった。

結果的には無事に渡れたんだけど、夜の待機時間も含めてリマまで30時間かかった。

相当疲れた。


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ペルーの首都、リマ。

標高約4000メートルのアンデスの世界から、一気に標高約400メートルの海岸沿いの世界へ。

服装も真冬のフル装備から半袖、短パン、ビーサンへ。

やっぱ身軽なのが一番。


それにしてもリマはかなりの大都会だった。

こんな大都会は久しぶり。

かなり広い高級住宅街もあって、洗練されてる感じ。


そんな都会の真ん中にピラミッドがある。


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この写真について色々考えたことがあったんだけど、ちょっと長くなるのでまた後日。


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宗教裁判の模型。

ベルセルクみたい。

カンボジアのトゥール・スレーンやポーランドのアウシュビッツでもそうだったけど、人間ってどこまで残酷になれるんだ?と感じた。

狂気はいったん生まれると、どこまでも膨張する。

人の痛みをどれだけ感じとれるか、これが理性の鍵になると思います。


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また都会の中の遺跡。


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海岸地区。

サーフィンしてる人もいた。


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ついちょっと前まで、アンデスの世界だったのに、いつの間にかビーチリゾート。


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海岸沿いって言ってもちょっと入るともう崖なので、景色がいい。


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レストランで食事してたらハングライダーしてる人が。

ハングライダーって究極のスポーツだと思う。

どうやって練習するんだろう?

失敗したら即死亡じゃん。


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また満月。

もう何回目だろう。


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ここらへんアンデス一帯は世界でも屈指の観光スポットだと思う。

特にリマから入って、クスコ→マチュピチュ→プーノ→ラパス→ウユニと行くルートは、ホントに誰でも感動できるんじゃないかと思う。

時間がある人はこれにチリのサン・ペドロ・アタカマを加えれば完璧。(ウユニから国境を抜けてサンペドロへ行くツアーもあります。)

時間がない人は飛行機を活用して、クスコからプーノを飛ばしてラパスに飛んでもいいかもしれない。ペルーにはナスカやアレキパもあるので、もちろんペルー一周でも十分だと思うけど、もしウユニにも行ければ最高の旅になると思います。

ただ、俺はもうまたペルーに来ることが決まったうえに、諸事情があってナスカ、アレキパはとばします。


あぁ、それにしてもアンデスの世界。

良かったなぁ。

いつも過ぎ去った後に、しみじみと思う。


ところでチリで大地震があったみたいですね。

メールくれた方、ありがとうございます。

それにしても間一髪ってことが多い。

思い返せば、中国のウイグル自治区、ウルムチでは、俺が出た数日後に暴動があって何百人か死んだと聞いた。

国境も閉じてしまったらしいし、もし出発が遅れていたら途方にくれていたと思う。

グルジアはしょっちゅう紛争が起きているし、イスタンブールではこれまた出発数日後に大洪水が起きたという。

行く先ではホンジュラスでクーデターが起き、ペルーが豪雨に見舞われて土砂崩れで死者を出した。

そしてチリの大地震。

今更ながら世界一周って大変だなって思う。

特に俺は飛行機が使えないので、危険な地域を飛ばしたり、何かが起きたら速攻で脱出したりすることができないし、アンデスなどの交通事情が悪いところでは、その影響をモロに食らう。

ホント色々気をつけなきゃね。


さて、今はエクアドルの首都、キトにいて、明日からコロンビアに入ります。

メールはできるだけチェックしますが、ブログの更新は少し遅れるかもしれません。

それではまた。

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 飛行機なしの世界一周旅日記 
 
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