スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 スポンサー広告 ∧top | under∨
世界旅行記 74 広島→京都→大阪
2010-08-05 Thu 08:15
船を下りたのは午後8時くらい。

駅まで歩きながら道行く人を見て思ったのは、「なんか中国みたいだな。」

当たり前だけど、アジア人ばかり。

そしてとにかく蒸し暑い。

世界に暑いところはたくさんあるけれど、意外と乾燥しているところが多い。

立ってるだけで大量の汗をかくようなところは、そこまで多くなかったように思う。

「やっぱりアジアだ」と感じる。


そのまま(もちろん家には帰らず)横浜駅のバスターミナルに向かい、10時の広島行き深夜バスに乗る。

日本の深夜パスは、席はあまり快適じゃないし、3時間くらいおきにある休憩のたびに起こされるので、あまり寝れなかった。


翌朝広島の宿に着くと、荷物を下ろし、少し休んだ後、まずは原爆資料館へ。

8月6日、午前8時15分、(今より24時間後)


DSC02299.jpg


下の写真の町が、


DSC02300.jpg


一瞬で吹き飛ぶ。


DSC02301.jpg


生残った人も指の先や背中から皮膚が垂れ下がり、ガラスの破片が無数に突き刺さり、お化けのようだったといいます。


DSC02304.jpg


原爆と火災による火傷や熱風のため、そして何より死にかけてるために、強烈にのどが渇く。

でも、水がない。。。

俺も死にかけたとき、無性にのどが渇いて、でも飲ませてもらえなくて、本当に苦しかったのを覚えてる。


DSC02308.jpg

DSC02306.jpg

DSC02310.jpg

                 DSC02316_20100804215212.jpg

DSC02319.jpg


外人もたくさん来てた。

よくもまぁ28年間も来なかったな、というのが率直な感想。

日本人なら必ず一度はここに来て、手を合わせないと、と思う。

ホントに色々なことを学び、考えさせられた。


翌日、宮島へ。


DSC02222.jpg


鹿が一杯。


DSC02230.jpg


紙をとられる。


DSC02237_20100804215242.jpg


サービスしてくれたから、さらに二つ、合計五つ食べたカキ。

当たり前のように後でおなか痛くなった。


DSC02239.jpg

DSC02240.jpg


色んなラムネ。

てか、もみじ饅頭だの、アナゴ丼だの、お好み焼きだの、日本は地方の食が充実してるから、食欲が止まらない。


DSC02241.jpg

DSC02257_20100804215241.jpg

DSC02261_20100804215240.jpg

DSC02270.jpg


シカたちはお互いなめあったりしてて、すごく仲良さそうにしてる。


DSC02277_20100804215311.jpg

                 DSC02281_20100804215311.jpg

DSC02288_20100804215310.jpg


本物のイチゴ入りかき氷。

これおいしかったぁ。


DSC02289.jpg


広島ではグルジアで会った人と再会し、お世話になる。

この場を借りて、ありがとう。


DSC02294_20100804215310.jpg

DSC02297.jpg


世界をまわった後の日本は、日本人として当たり前になってたけど実は特異なこと、に気づかされることが多かった。。


例えばこの国では、宿のお風呂が共同浴場であることが多い。

日本人としてはあまり違和感ないだろうけど、こんな国は他にないと思う。

トルコにはハマムという蒸し風呂があるけど基本タオルをまくし、ハンガリーには温泉があって一部裸で入るのもあるらしいけど、そこは一種特別な空間であって、日常ではない。

だからホステルで一緒の外人たちと同じ風呂に入り、そいつらがよくマナーを分かってなくて下半身丸出しでオロオロしながら歩いてるのを見るのは、なんだか不思議な感じだった。

白人たちの下半身をそこまでまともに見るのはこの旅でも初めてのことで、やはりサイズが違うので「おまえは牛か」っていうような奴もいたりして。


他にもアメリカのコインは数字が書いてなくて世界一分かりにくいのに対して、日本のコインは質もそれぞれ違ううえに世界にも珍しい穴開きコインがあったりして、その分かりやすさに感心したりw。


なんかその他気づいたことたくさんあったけど、忘れちゃった。

慣れるのは早い。


でももう一つだけ。

ホステルで同じ部屋だったオランダ人に、日本の感想を聞いてみた。

まぁそんなこと聞かれてもあまり悪いことは言えないと思う。

実際その人は「国は美しいし、人もいい」というようなことを言っていた。

でも、道を聞いたときにオドオドする人がいて困ったことがある、とも言った。

まぁ、そういうことは多いだろうな、と思う。


そこで。

偉そうかもしれないけど、一つ言わせてください。

「もし英語が分からない人が外人に道を聞かれたら、日本語で答えよう!」

無理をしてまで英語で返す必要はない。

世界中の人がそうしてる。

英語で聞かれようが何語で聞かれようが、中国人は中国語で、中央アジア人はロシア語で、中南米の人たちはスペイン語で返してくる。

それでも身振り手振りや単語単語で、大体分かるもんです。

道を聞くというのは、その国の一般人と接するのにもっとも身近な行為で、それで印象が決まったりする。

もし相手が言葉が分からないからといって冷たくしてきたり、オドオドしてたり、結局分からないと言ってサジを投げたりしてきたら、あまりいい感じはしないと思う。

それよりは身振り手振り、できれば簡単な英単語も交えて、日本語で落ち着いて説明してあげたほうが、全然マシだと思う。

「このMeiji DoriをStraightに行けばGapが見えるから、そこをLeftに曲がってまたStraightに行けば、Right側にHarajuku駅が見えます」

これはかなり無茶苦茶な文章だけど、でもジェスチャーを交えてちゃんと丁寧に言えば、正確でなくとも大体は分かってもらえると思う。

俺も中南米ではスペイン語を単語単語で聞き取って、それでなんとかなってた。

結局大事なのは伝えようとする気持ちだから。

日本人は良くも悪くも相手に合わせようとするけど、この場合完全に裏目に出てることが多いし、日本国内で外人に日本語で接するのは、全然マナー違反じゃない。(むしろもし相手が英語でゴリ押ししようとするなら、向こうがマナー違反の可能性がある。)

もちろん英語が分かる人はわざわざ意地悪をする必要はないので英語で返してあげればいいけど、英語が分からない人は「逆に」相手のために、日本語で落ち着いて説明してあげたほうがいいんじゃないか、という話でした。


さて、次は京都。

京都は三回目。

金閣寺などの有名どころには行ったことがあるので、今回はそれ以外の場所へ。

まずは平等院鳳凰堂。

昔から日本建築が好きで、平等院はかなり好きなほうだったんだけど、、、

やっぱかっこいいなぁ。


DSC02337.jpg

DSC02330_20100804215417.jpg

                 DSC02328_20100804215417.jpg

                 DSC02341.jpg


でもそこまですごいインパクトがあるかと言われれば、そういうわけじゃない。

基本やっぱ京都は、観光地はおまけのようなもので、そこに行くまでの道中の雰囲気が楽しい。

漂ってくる宇治茶の香りをかぎながら、歴史ある通りを歩いたり。


DSC02346.jpg


この日は珍しく夕方まで雨が降っていて、傘をさしながら歩いていた。

宇治の町を練り歩き、人もまばらなローカル電車に乗って京都に帰る途中、心がこれまでになく穏やかなことに気づいた。

京都、落ち着く。


                 DSC02347.jpg

                 DSC02368.jpg


風鈴。

風が通ることによって音が鳴り、その音によって涼を感じ取ろうとする。

とても美しい文化だと思う。


DSC02374.jpg

DSC02375.jpg


祇園。


DSC02378_20100804215519.jpg

DSC02384_20100804215519.jpg


文楽とか雅楽とか、全然知らなかった。

勉強が足りないなぁ。


DSC02388.jpg


鴨川。

やっぱカップルは等間隔で並んでる。


DSC02393.jpg


ちなみに京都のユースホステルは、世界最高レベルです。

少なくとも俺が泊まったユースの中では、値段以外のあらゆる点で、世界一だと思った。


DSC02434.jpg


翌日。サイクリング。


DSC02397.jpg

DSC02398.jpg

DSC02399_20100804215600.jpg

DSC02404.jpg

DSC02411.jpg

DSC02419.jpg

DSC02421_20100804215644.jpg

DSC02422.jpg

DSC02425.jpg

DSC02428.jpg


この後大阪に行き、中高の同級生と地元の幼馴染の家に泊まらせてもらった。

みんなありがとう。


なんかもう時間がないのであまり書かないけど、、、

日本、ホントすごい国だと思う。

そして何よりも、、、

美しい。

スポンサーサイト
別窓 日本 コメント:0 トラックバック:0 ∧top | under∨
世界旅行記 75 白川郷→中山道
2010-08-06 Fri 20:15
昔話のようなところ。

日本のふるさとを感じさせる場所。

白川郷。


DSC02450_20100805024842.jpg


一目でこの村の素晴らしさが分かった。


DSC02455_20100805024842.jpg

DSC02457.jpg

DSC02471_20100805024841.jpg


子供が多く、皆元気に遊びまわっていて、挨拶をすると大きな声で返してくれる。


DSC02478.jpg

                 DSC02484.jpg

                 DSC02488.jpg

DSC02493.jpg


夕方になると日帰りの観光客が姿を消し、虫の鳴き声と、水の流れる音と、子供の遊び声だけが残って、

茜色に染まる景色に、生い茂る緑と晩ご飯の香りがして、

心が、小さな水たまりのように、静かになる。


                 DSC02500.jpg

DSC02505.jpg

DSC02511_20100805024927.jpg

DSC02524.jpg

DSC02525_20100805024955.jpg


朝は日中の暑さが信じられないほどに涼しく、明るい日差しに透明感があって、全身で気持ちよさを感じながら、目覚められる。


                 DSC02535_20100805024955.jpg

                 DSC02547.jpg

DSC02552_20100805024954.jpg

DSC02563.jpg

DSC02571_20100805024954.jpg

DSC02579_20100805025025.jpg

DSC02584.jpg


水が流れているところが多く、魚もよく泳いでいて、どこも澄みきっている。


DSC02598.jpg

DSC02604.jpg


地元の料理もかなりおいしく、飛騨牛のやわらかさには驚いた。


DSC02607.jpg

DSC02613.jpg


蚕。繭を作ってくれる、小さくて大切な存在。


DSC02614_20100805025051.jpg

DSC02617.jpg

DSC02630.jpg


本当に素晴らしい場所だった。

夏もこれ以上はないというほどよかったけど、メインの冬にもまた必ず来たい。


一度名古屋に戻り、そこから中津川、中山道へ。

落合というところから、妻籠というところまで約10KM、江戸時代の古い道を歩く。


DSC02641.jpg


この国にはツバメという人間たちに近いところで生活してくれている、働き者でかわいい鳥がいる。


DSC02646.jpg


馬籠。宿場町。


DSC02648_20100805025049.jpg


数KMごとにこういった宿の町があって、江戸から京へ、京から江戸に行く人たちが、体を休めていったといいます。


                 DSC02651.jpg

                 DSC02660_20100805025118.jpg


ひたすら山道を歩く。


DSC02674_20100805025117.jpg

                 DSC02675_20100805025117.jpg

DSC02678.jpg

DSC02669.jpg

                 DSC02679.jpg

DSC02683.jpg

                 DSC02687.jpg


綺麗な地下水がどこでも流れていて、野菜を冷やしたり、花を活けたり。


                 DSC02690_20100805025157.jpg

DSC02692.jpg


妻籠。

下駄屋さん。


DSC02694.jpg

DSC02699.jpg

DSC02701.jpg

DSC02704.jpg

                 DSC02710.jpg

                 DSC02722.jpg

DSC02726_20100805025233.jpg

DSC02730.jpg


夕方に吹く涼しい風が、暑かった一日をいっそう際立たせる。

輝く空と山々。

ヒグラシの鳴き声。

日本の美しい夏。


DSC02735_20100805080822.jpg

DSC02741.jpg


最後は登山をしようと決めていた。

中途半端には終わらせたくなかったから。

もう力を使い切って、帰るしかない、という状態で帰りたかった。

マウンテン・ハイも味わいたかった。

最初は日本の標高ベスト5のうち、唯一登ってなかった槍ヶ岳に登ろうかと思っていた。

でもアメリカやカナダで日本の紹介を見るうちに、気が変わった。

日本といえば、必ず富士山が出てくる。

日本一高い山。

日本一美しい山。


そうだ、富士山にまた登ろう。

旅の最後に、力を使い果たそう。

別窓 日本 コメント:0 トラックバック:0 ∧top | under∨
世界旅行記 76 河口湖→富士山→河口湖
2010-08-11 Wed 11:27
富士登山前日


DSC02754_20100811085644.jpg


偶然の河口湖花火大会。


DSC02777.jpg


当日。


DSC02781_20100811085755.jpg

DSC02786.jpg

20100806132945(2).jpg

DSC02811_20100811085830.jpg

DSC02818.jpg

                 DSC02820.jpg

DSC02847.jpg

20100807050344(1).jpg

20100807052247(3).jpg

20100807054757(5).jpg

20100807054930(4).jpg

20100807055226(3).jpg

20100807062618(2).jpg

DSC02909.jpg

20100807063233(2).jpg

DSC02915_20100811090125.jpg


こいつらだけが、一緒だった。

もうボロボロだけど。。。

よくもってくれた。


                 DSC02930_20100811094840.jpg


帰ろう。

別窓 日本 コメント:0 トラックバック:0 ∧top | under∨
世界旅行記 77 自分の町→自分の部屋→自分のベッド(最終回)
2010-09-09 Thu 21:21
初めて富士山に登ったのは二十歳の時だった。

当時は肉体も精神も完全に崩壊していて、体重は男だというのに50キロを割り、人とまともにしゃべることさえ出来なかった

そんなときに登った富士山はかなりキツくて、「もう二度と登ることはないだろうな」と思ったのを覚えてる。


それから8年、世界一周をした後の富士山は、、、

楽勝もいいところだった。

吉田口から登って山小屋のある8合目過ぎまで普通5、6時間かかると聞いたが、俺はほとんど休憩もせずに2時間強で登った。

山小屋に泊まった後の深夜の登頂も、渋滞をスルスルと抜かして早すぎるくらいの時間に着いてしまい、登山自体よりも日の出までの待ち時間をキツく感じたぐらいだった。

頂上は真冬以上の寒さで、指の動きが鈍くなるほどだったが、疲れはほとんどなかった。

そして待ちに待ったご来光は、最高の達成感を与えてくれた。

あの時のことは、一生忘れないと思う。


この旅は、大学生時代からの夢だった。

旅の最中は、ただひたすらに夢中だった。

そして旅が終わってみれば、まさに夢を見てたようだった。


当時はもう何年も旅をしているように感じていて、日本のことがはるか昔のようだったのに、今となればそれはもう逆になっている。

旅は夢のように、違う世界の、幻想感のある、遠い昔の、一瞬の出来事になってしまった。

しかもそう感じるまでが、あまりにも早すぎた。

帰ってきた次の日には自宅でとはいえ仕事が始まり、たまっていた用事を次々とこなしながら慌しく過ごしているうちに、あっという間に現実の歯車に組み込まれていった。

本当は世界や日本や、その他色々なことについて分かったこと、感じたことなどを書きたかったのだけれど、それを書くのもためらわれるぐらい、意識が変わってしまっていた。


ある時、自宅の近くを歩いていると、大きな夕日が沈もうとしているのを見た。

とても美しかったので写真を撮りたいと思ったが、もうカメラを持ち歩いてはいなかった。

毎日写真を撮り続けていた生活を懐かしく感じると同時に、もう旅は終わってしまったのだと感じた。

セミの死骸をたくさん見た。


この旅は、ずっと夏を追いかける形で進んできた。

ほとんどの地域をハイシーズンでまわり、朝から夜まで一日中雨が降り続けたという日は、最初の出発から1年5ヶ月の間、ただの一日もなかった。

旅が終わって一ヶ月、その記録は今でも更新され続けている。

でも昨日、久しぶりに大雨が降って、結局夕方にはやんだのだけれど、夏の終わりを少し感じた。

初めて録りためたビデオを見返してみたりした。


夜、電気を消して寝ようとすると、自然と旅のことが思い出された。

思い出すのは大きな出来事ではなく、言葉にするまでもなかった、人に語るまでもなかった、無数のなんでもない景色だった。

もう場所も時間も分からなくなった記憶の断片が、泡のように浮かんでは消えていった。

「あれっていつのことだろ?」

「あそこはどこだっけ?」

そんなことを想っているうちに、いつの間にか夢なのか現実なのか、分からなくなっていった。


次の夢の始まり。

どんなにかけがえのない、苦難や感動が待っているかわからない。

新しい世界。
別窓 日本 トラックバック:0 ∧top | under∨
 飛行機なしの世界一周旅日記 
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。