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世界旅行記 13 アルマトゥ(カザフスタン)→タシケント(ウズベキスタン)
2009-07-06 Mon 19:24
中国の国境を越えてカザフスタンに入ると、景色がガラリと変わった。

特にアルマトゥはなんだかタイムスリップしたような感覚を覚えた。

しかも大昔ではなく、2、30年前のソヴィエトに来たという感じ。

それもそのはずで、ここ中央アジアは昔はソヴィエト連邦の一部だった。

そしてソ連崩壊後も建物や車をそのまま使っていて、ほとんど変わってないという印象を受けた。


中央アジアでは現地語、もしくは基本、ロシア語で会話することになる。

ロシア語は他のヨーロッパ大陸諸国と一緒で、名詞や動詞に性があり、そのつど変化する。

しかもアルファベットがホントにまぎわらしく、pがr音で、rがg音、xがh音で、bがi音と、英語だって大してできないのに、ホントにかえって馬鹿になるんじゃないかというくらいややこしい。

でもとりあえずは片言で、なんとかやってってる。


アルマトゥの人々。ロシア人が多い。


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中央アジアはVISAや滞在登録、税関の手続きが面倒で、色々分からないことがあったので、日本大使館によってみた。

したら大使館の人いわく、6月の初旬に日本人旅行者が夜の駅前でいきなり首を切られ、さらに胸を刺されて重傷を負い、入院したとの事だった。夜の一人歩きには十分注意してくださいと言われた。

俺はつい昨夜、「意外と平和そうじゃん」なんて思って人気のないところ歩き回ってたところだった。

危ない。


でも一番緊張したのはカザフスタンとウズベキスタンの国境越えだった。

アルマトゥから寝台列車に乗って、国境近くの町、シムケントに着いたのは朝だった。

ここで俺にとって一番不安だったのは、チャルニェイフカという一番近い国境が開いてるかどうかということ。2008年12月の情報では改装工事で閉まっているということだったが、俺の中ではもう半年もたってるんだから開いてるんじゃないか、大事な国境をいつまでも閉じたままにはしてないだろう、という思いがあった。でもはっきりしたことは分からない。開いてなければヤルラマというかなり遠回りになる国境を越えなければいけない。

シムケント駅前のタクシーのおっさんに聞いてみると、チャルニェイフカは開いてるということだった。「なぁーんだ、やっぱ開いてんじゃん」と思い、かなり安心した。そのおっさんのタクシーに乗ることにした。

ちなみにここ中央アジア一帯では、公式のメーターを載せたタクシーというものはない。そこらへんを走ってる普通の車を止めて乗せてもらうのが一般的だ。駅前でタムロしてるタクシーを生業にしてるようなおっさんたちも、メーターの載ってない普通の車に乗ってる。だからどいつが安全で、どいつが危険なんだか分かりにくい。(基本は安全なんだけど、そこでは国境の情報が不確かなことが、危険の可能性を大きくしていた。)

タクシーに乗って3分もしないところで車が止まり、ゴッツイ体の怖そうなロシア人が乗り込んできた。そこでドライバーが、実はチェルニェイフカは開いてないと言い出した。ヤルラマまで行かないといけないがかなり遠い、だからこれだけの金が必要だ、と言う。もちろんその提示された金額は法外、とまではいかなくてもかなり高い金額だった。

この時点で完全に信頼できなくなった俺は、タクシーを降りることを決意した。でもやつらは怒鳴り込んで「何も問題ない、このまま行くぞ」と言って聞かない。車は止まってるので降りることはできたが、トランクにメインのバックパックが積んであるので、降りた瞬間そのまま持ってかれてしまうのが怖い。かなり言い合った後、窓の向こうに人が見えたので急いで車を降り、またすぐ乗り込めるようにかまえながらも、大声でトランクを開けてくれとまくしたてた。したらようやく向こうもあきらめたらしく、荷物を降ろしてくれた。

降りた後、途中までバスで行こうと思い、探してみるが何故か見つからない。で、結局また違うタクシーのおっさんと話し込んでると、やはりチャルニェイフカが開いてないのは本当らしい、ということが分かった。また、バスは途中まで行くがその後が大変だという。

他にも数人のドライバーと話して、一番信頼できそうなやつのタクシーに乗ることにした。でもそいつも車が走り出した後で、一人だと高くなると言って値上げしてきた。ただ、そこまで高くはなかったし、もうそのころにはクタクタになってて、もういくら金払ってでもさっさと国境を越えてやる、という気になってた。

2、3時間走っただろうか。やっと着いたところはまさに「辺境」の国境という感じだった。回りには掘っ立て小屋のような小さな売店のほかに何もない。両替屋のおっさんが数人たむろしてるだけで、外国人は俺一人。

越境にはかなり時間がかかった。ウズベキスタン側の国境では、所持金の細かいところまで聞かれた。

で、国境を出るとそこは何もない草原だった。タクシーが待ってると聞いていたがそのときは何故かいなかった。税関の人に聞いた話では、2キロ以上歩かないと町がないという。

「マジで?」

途方にくれてると、車で国境を越えてきたやつがいた。で、そいつに乗せてもらうことになったんだけど、また足元みられて高値を吹っかけられる。いや、でもしょうがない。

走って10分すると小さな町について、そこで車を乗り換えろと言われた。金はもう払ったから必要ないという話だが、運転手と同乗者がみんな変わる。

「え?大丈夫?また金取られるっしょ。てかホントに目的地まで送ってくれるの?」

でもこのころにはもうヤケクソになっててなんでもいいから行っちまえ、という気分だった。

実際にはそのドライバーは分かりにくい宿も最後まで辛抱強く探してくれて、かなりいいやつだったんだけど。


そしてやっと宿のベッドに身を投げたときの気持ちといったら。。。

ちょっと伝わりにくいかもしれないけど、ホントに大変で疲れ果てた一日だった。


以下、ウズベキスタンの首都、タシケント。


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ウズベキスタンはこの旅で最も期待していた国の一つだったんだけど、実際かなりいい国っぽい。まだタシケントだけしか滞在してないんだけど、特に新市街らへんは「ソヴィエト」じゃなくて「ロシア」にイスラムがほどよくブレンドされた感じで、すごくいい雰囲気。静かで平和。ちょっと歩けば分かる。やっぱ平和なところは過ごしやすい。

ちなみに何々スタンっていうと危ないイメージがあると思うけど、中央アジアは基本平和な地域。特にウズベキスタンは大げさに書くことで有名な「歩き方」にさえ、日本と同程度に平和な国だと書いてある。ただ昨今の経済危機で、アルマトゥ付近の治安が急激に悪化してるっていうのは事実だから、色々気をつけないと。

てかウルムチで暴動があって死者が出たらしい。一週間差だった。危ない。。。

しかもホンジュラスでクーデターって。。。米州機構脱退とかやりすぎの感があるのである程度おさまるとは思うけど。中米を陸路で通るなら避けては通れないところ。ホント勘弁してほしい。

中央アジアはネット環境があまりよくないので、もしかしたら更新が遅くなるかもしれない。これからサマルカンド、ブハラ、ヒヴァに寄ったあと、この旅で最も不安だったカスピ海越えに挑戦する。

ではまた。
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世界旅行記 14 サマルカンド→ブハラ
2009-07-31 Fri 05:00
サマルカンドは見所が多く、宿も良い雰囲気だったし、何より素晴らしい出会いに恵まれ、心に残る思い出の地となった。


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以下ブハラ。 観光地だけど俺がいたときはほとんど外国人がいなくて、一人で歩いてるとスターウォーズの世界に迷い込んだかと思うほどのトリップ感があった。


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写真じゃほとんど分からないけど、夜ビールを飲みながら満天の星空とイスラムの巨大建築を目の前にしていると、なんかホントに他の星に来たような感じがした。宇宙が感じられた。

今は無事にカスピ海を越えてグルジアにいて、明日トルコのトラブゾンに行く。またすぐ近いうち更新します。
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世界旅行記 15 ヒヴァ→ヌクス
2009-08-02 Sun 07:48
中世そのままのヒヴァの町。

ヒヴァは砂漠地帯にあり、日中の気温は40度を越える。乾燥しているのでそこまでキツイわけではないが、少なくとも昼間に長い時間は歩けない。熱中症にならないように水分を多量に取るのだけれど、小便があまり出ない。汗もほとんど出ない。汗になる前にそのまま水分が蒸発してしまっているらしい。日差しは本当に刺すようで、危険さえ感じる。だけど日陰はそれなりに涼しく、特に夜は快適で、一面星が散らばる夜空を見上げながら中世の町を散歩していると、「ホントに俺はどこに来てしまったんだ」という気にさせられる。

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ヒヴァの次はウズベキスタンからカザフスタンに抜ける国際電車に乗るため、ヌクスという町に一泊した。

宿は中庭に面した一階の部屋に泊まっていた。

その日は夜、とても暑くて寝苦しかったため、エアコンをつけっぱなしで寝た。

リモコンとかない手動のオンボロエアコン。

音がうるさいが我慢して眠りに着いた。。。



そしてすさまじい電気火花のバチバチィという音で突然起こされた。

目の前を見てみると、エアコンがついてる窓から火の手が上がっている。。。

オレンジ色の光が、火特有の動きで揺れながら窓に映っている。

「え!また事故!?」と思い、心臓がキュッとなる。

まだ頭が完全に起きてないなか、フル回転でどうすべきか考える。

「荷物を全部外に出すべき?」

とりあえず外に出て様子を見てみる。

自分が外に出ると同時にどこにいたのか宿のスタッフが駆けつけてきて、急いで火を消しだした。

火は案外すぐ消えた。

「ノープロブレム」

「なにが?あぶねーよ。ほんとに。。。」

よくあることなんだろうか?

昔から普通の人じゃありえないようなことが起こるってことは知ってはいたけれど。。。

マジで気をつけないと、と思った。

朝五時の、一瞬だけど寿命を縮める出来事でした。


コングラートまでの道中。


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ベイナウ(カザフスタン)行きの電車の中。

ウォッカをしきりにすすめるオッサン。人生でもトップクラスに入るくらい酔っ払った。俺の名前はオガワだって言ってるのに最後までエガワだと呼び続けた。「オイ、エガワ!もっとウォッカを飲め!!」


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iPODを貸したらもうちょっと聞かしてくれと言ってなかなか返してくれないオッサン。返してくれたときは耳くそ付きだった。。。


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シモネタが大好きでしまいには自分の携帯に保存してあった日本のAVを見せてきて、「日本はすげーな」と言ってくるオッサン。ちなみに主演は蒼井そらだった。中国でもそうだけど、ここらへんはAVがご法度なので、日本のものをよくみるらしい。


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優しくしてくれたおばさん。


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カオスな電車の中。人通りが半端なく激しい。常に人が行き交ってる。中国だってトイレ以外はあまり人は動かないっていうのに、こいつらは一体何をしてるんだと不思議に思った。


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この後予定を大幅に遅れた電車がやっと着いたと思ったら、またとんでもないバスに乗ることになる。

また近いうち更新します。


ところで自分と同時期に出発してアラスカを旅していた親友が、これから南に向かうようです。

ブログはしばらく休むようですが一応載せておきます。

http://tokyokid12.blogspot.com/

旅の途上で再会できたらいいなと思ってます。

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世界旅行記 16 ベイナウ(カザフスタン)→アクタウ→カスピ海(船)
2009-08-06 Thu 23:49
ベイナウに着いたのは夜八時くらい。そこで深夜1時発アクタウ行きの切符を買おうとしたが、カザフスタンのお金、テンゲがない。両替所に行くと、そこでギリシャ系フランス人のアンナと出会った。この駅に外国人の旅行者は二人だけ。いやでも目立つ。そしてこの何もない辺境の地にいるということは、俺と同じく船でカスピ海を渡るということであり、自然と一緒に行動することになった。

そして両替を終え、切符売り場に長い間並んで、やっと自分の番が来たと思ったら、

「ニェット(ない)」。。。

切符が売り切れてる。売り切れてる可能性もあるとは聞いていたけど。。。

さてどうしよう?ベイナウの情報はまったくない。外国人が来るような所じゃないので安宿がある雰囲気もない。何よりすでに日が暮れていて、あたりは真っ暗なのであまりブラブラしたくない。

アンナと相談してバスかタクシーで行くことになった。

外に出ると簡単にアクタウ行きが見つかる。電車の席は少ないらしく、逃した人の需要があるらしい。

そしてバスの中を見てみると、

悲惨な状態だった。

ミニバスの、席のない後部の荷台?に15人ほどの人間が詰め込まれてる。

難民?

こりゃだめだと思ってタクシーの値段を聞いてみる。バスの二倍する。でもこのバスにはさすがに乗れない、タクシーに乗っちゃうか、と思っていたら、、、

アンナがさっさとバスに乗り込んでしまった。

何故か今更引っ込みがつかない状況になってしまい、俺も乗り込む。

体育座り。

バスがガッタガタに揺れまくる。

ケツが熱くて超痛い。

知らない子供の足が自分の体にのっかってる。

1cm刻みの場所取り争い。

このバスで一晩過ごすの?


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道中何度バスが故障してストップしたか。。。


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他の人は怖そうだが、俺は弱そうと見たか、足を伸ばすためにしょっちゅう俺の体に足をのっけてくる子供。別にいんだけどね。


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結局バスは8時間で着くはずが、14時間かかった。俺はもう途中で居直ってしまっていて、もうどうにでもなれという感じだったけど。。。

最近じゃどんなキツイ状況にも何故かすぐ慣れる。面白いとさえ感じてしまう。麗江の入院生活に比べれば屁みたいなもんだ。まぁそれでも客観的に考えれ、ば今までで最もキツイ環境のバスだった。


アクタウに着くと宿で二人の旅人と会った。一人はセルビア人のダンコさん。もう一人はプエルトリコ人のマリクルーズさん。なんと二人は日本語が話せた。特にダンコさんはペラペラで、北海道大学で地質学の博士号を取ったという。しかも英語とセルビア語はもちろん、スペイン語とロシア語まで話せる。

さらに驚いたことに、二人は五万円で買った三菱の軽自動車で、新潟からウラジオストックに渡り、シベリアを通ってここまで来たという。

アクタウでは外国人が自分一人の可能性も覚悟していたので、旅人に会えるどころか日本語が話せる人に会えるなんて、ホントに幸運なことだった。

アクタウの船はかなり不定期で、最大で一週間待つこともあると聞いていた。そして実際俺らは明日来る、明日来る、と言われながら、結局6日間船を待った。

その間ロシア語の話せるダンコさんが、携帯で毎日船の情報を聞いてくれていたので楽だったが、一人だったら本当に大変だったと思う。

毎日宿から港へ行ってはつたないロシア語で船はまだかと聞き、明日来ると言われて翌日行っては明日来ると言われる。そしてアクタウは近くに見所がないので他にやることがあまりない。

途方にくれてたと思う。

でも実際はダンコさんが車で遠くの色んなところまで連れてってくれ、夜は草原の真っ只中や、カスピ海の砂浜にテントを張って野宿をし、ずっと4人で過ごしていたので少しも退屈しなかった。

退屈しなかったどころか、最高の旅が出来た。

素晴らしい一週間だった。


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ここらへんは野ラクダがいっぱい。


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360度草原の中のユルタを訪ねる。


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面倒な手続きをクリアしてやっと車が船に入る。


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ダンコさんは頭が良くて海外経験も豊富で、ホントにかっこいい人だと思った。

マリさんは海洋生物学を勉強していたといい、優しくて日本語のしゃべり方がかわいらしい人だった。

二人はすごく仲がよさそうで、本当に素晴らしいカップルだと思った。憧れさえする。

俺もいつかパートナーを作って、二人で車で世界一周したい。

まぁまだまだ先だろうけど。


二人にはまたいつか必ず会いたい。
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